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『言葉』を取り戻すまで。
2016-12-10 Sat 17:06
ある日の早朝

繁華街の裏通りのパーキングエリアの隅っこで

首を、車に轢かれて

死んでいる鳩を見た。

血も苦悶の痕もなく

ただ鳩の頭部がぺたんこになっていて

そこから丸く弧を描き自動車のタイヤ痕が残っていた。

今、記憶の場面を描写する言葉を厳密に探しながら

内輪差、という普段あまり使わない言葉を

どこかにしまっていた脳が思い出したのでそれも書きとめる。

わたしは

死んだ鳩を見て

鳩は、

ただここにいただけで、

次の瞬間に自分が死ぬなんて思わないで、

自動車がただその上を通ってしまったんだ、

鳩の大きさでは

自動車が上を通ったらどうにも出来なかったろう

と、思った。

その、静かで、ほとんど一瞬の帰らない運命の場面を

時間を遡ってわたしは、頭の中にそうやって描いてしまった。

選ばずに勝手に全てをこうしてイメージしてしまうのは

わたしの脳の、あまりよろしくない癖なのだ。

ぐにゃり、という、自分が作ったイメージの音が

その想像の中で聞こえるように感じる。

鳩はそうやって死んだんだ。

こんな話を聞いたら、読んでいたら、

きっと気持ち悪いと思う。

わたしも書いていて気持ちいいわけではない。

読んでいる方のことを思っていないわけではない。

ただ、今のわたしは、

こうやって書かないとその時自分の中で何が起こっていたかを

えいえんに「外」には話して聞かせることは出来ないと思うので

そして確かに誰かに話したいという気持ちを思い出し始めているので

それをお話してみようと思っている。

だから綿密に、厳密に書いてみている。


鳩が死んでいる都会の早朝、閑散・殺伐とした裏道のパーキング

その横の道に一人立ってわたしは泣いた。

けっこう説明を書いたから、そのくらいで泣くの?、って

言う人はいるとしても、その数は減るんじゃないかと思う。

もし人がよく言うように「人それぞれだよね」を

本当の意味でわたしにも許してくれるなら。

人それぞれなはずのなのに、自分の言葉は

足らなさすぎるのか極端すぎるのか

「人それぞれ」をゆるしてもらえることが

あまりないように感じることが多いです。

それは自分が他人の意見にそれぞれをゆるしていない

ということなのかなあって

鏡に映したようにそれも思う。

ほんとうに「人はそれぞれだ」が腑に落ちていたら

人とはもっと自由におもしろい話ができるんじゃないかって

できる相手がいるんじゃないかって思ってしまう。

でも「人それぞれだよね」で無に帰されてしまう

命の言葉を、

多く見たような気がする。

議論されるべきものが消えてしまう場面とかね。

そもそもそうやって、言葉を重いものとして

感じられないものを、たくさん感じた。

そのくせ自分はかたくなな言葉ばかり使っているようにもね。



・・・とにかく、そうやって死んだ鳩を見たことは

わたしにとっては心の働きの果てに泣くに相当する

出来事だったのです。

鳩はただ、ぼんやりここにいただけなのに、死んでしまったんだ。

一瞬で起こってしまったことなんだ。もう変わらないんだ。

なんてとりかえしがつかないことだろう、

なのになんでわたししか見ていない小さなことなんだろう。

誰も知らない。消えてしまう。

どうしても出てくる涙をぬぐっていたら、観光客だと思う、

大きなキャリーケースを押した外国人のカップルが通った。

女の子のほうは、黒いレース生地っぽい、ミニのワンピースに

網タイツに編み上げのショートブーツを履いていた。

男性のほうはどんなだったか憶えていない。

その女の子のいでたちはなんとなくちょっとロックテイストだったので

やっぱりちょっとロックっぽい服装をしているわたしを見て

同じかんじ、と思ったのだと思う、

目をあわせてニコ、と笑い少し振り返りながら通り過ぎた。

何か通じたのかもしれない。

この人に今、笑いかけてあげる何かがある、

と感じたので、そうやってわざわざほほえんでくれたようにも

思った。

その女の子のしてくれたことはわたしに優しかったから。


鳩は変わらず黙って死んでいた。頭をぺっしゃんこにして。

首の羽毛がふわふわと朝風にやわらかく弱く揺れていた。

鳩から少し視線を上げると、

ビルの隙間に朝の、

今日の空を彩る始まりの薄い青色を見た。

まだ清掃人がやって来ない夜の残骸に

鴉が集まってきて鳴いていたと思う。

記憶の中で朝の空気に鴉の声が聞こえているから。

朝の鴉は食べ物を探している。

死んでいる鳩のところに鴉が一羽おりてきていた。

あ。と、わたしは思った。

鴉が鳩の首のところを突っつきはじめた。

鴉は羽毛の奥の鳩の肉を、嘴で探りひっぱるようについばんでいた。

ああ、鴉が、この鳩を食べるんだ。

じゃあ、よかった。

そう思った。

誰かの生きる糧になって生きるんだとか

生きるものは皆他の命を食べて生きてるんだとか

そういうことを思いめぐらす時間があったわけではない。

ああ、鴉が食べてくれるんだ、よかった、

と、ただ思ったのだった。

ただ思ったこと。たったそれだけを説明するにも

最低でもこれだけ書かないといけない。

そして書いても全部は伝わらないことを知っている。

それでも書く、話す。

そういうパワーがなくなっていた。

誰かに自分の何かを、あえて話そうとしなくなっていた。

急にしなくなったわけではない。

長い時間の中で、徐々にわたしは自分の中で起こっていることを

話すことを諦めるようになった。

「爪を切ったら、深爪をになってしまって、痛いんだ」

そんな他愛のないことを他愛なく誰かの前で口にする、

誰かに話す、

そういう皆が他愛なくやっているだろうことが

できなくなっていた。

返事をしてもらえないことがあるたびに。

誤解されるたびに。

誤解どころか反対にうけとられるたびに。

まったくけんとうはずれな批判をされるたびに。

伝わらない言葉を生みたくなかった。

暑い、寒い、痛い、つらい、おいしい、うれしい、たのしい、

「言葉にしてもしかたない」と思ってしまった。



その鳩のことがあった時

仲良しのミュージシャンの子と待ち合わせていた。

わたしは泣いたあとの顔だったので、説明しなければならず

・・・いや・・・正確には直近の出来事にすぎ、

黙っておくには自分には些細ではないことすぎ、

わたしはそれを消えないうちに話したい、

と確かに思った。

話そう、と勇気を出して覚悟をしたのを憶えている。

出来ごとも、相手も、時間も、全部がタイミングでもあったと思うけど。


「そこに、鳩が車に轢かれて死んでた」

「ああ。さっき私も見たよ」

「鴉が来てね、鳩を食べてた」

「ああ、じゃあ、よかったね、それはいいこと・・・」

話しながらもうわたしたちは横断歩道を歩き始めていた。

これだけの会話しかしなかった。

でもわたしはその時、

一瞬に自分の中で、頭の中で、めくるめいたものがあって

それがわたしには泣くほどは心が動くことで、

鴉によってもたらされたある解決があったこと、

そんな伝えることはきっとめんどうで、すごく難しいであろうことを

「鳩が車に轢かれて死んでいた。鴉が食べていた」

だけで、

「ああ、じゃあよかったね。」

と返してもらったことで

自分の中に生き返る力があるのを感じた。

実際わたしはここに書いたように説明する体力も気力もなかった。

だから鳩が死んでて、鴉が食べてた、とだけ言ったのだ。

それだけ口から発するにもわたしにはすごく勇気が必要だった。

だからちゃんと返事をしてもらえてうれしかった。

伝えたいことを、伝えようとすること。

大切に、

自分の言葉が通じる相手に自分について話すこと。

自分のために。

今思ったら、

話すことが難しくなっていたわたしの

その時がリハビリテーションのようなものの

はじまりだったようにと思う。

なので書いた。

今年の、まだ秋にならない頃のことだったと思う。

頻繁に会わない子なのだが

今、この時にいてくれて、

話をしたのがこの子でよかった、とわたしは思った。

それを自分のために書き残しておきたかった。

その子には今もって特にお礼も言っていない。

こんなことでお礼を言われても困るかもしれないけど。

・・・もしかしたら奇跡的にまた伝わるかもしれないけど。



皆様、こんにちは、ご無沙汰しています。

お元気でしたら、本当にうれしいです。

ご訪問、ありがとうございます。

ほんとうに久しぶりに書いています。



タイトルは、もっと正しくは

『言葉』を発する力を取り戻すまで、

になると思います。

ただ、それではあまり簡潔ではなくて題名としては

わかりにくいものだったのでシェイプしました。

『言葉』というのはわたしにとって

「取り戻す」ものではないからです。

今話している言葉は今生んでいるもので、

在庫の言葉や過去の言葉ではないからです。

言葉自体を取り戻すわけではないからです。

人生みたいですね。

人生はよく言われますね、

「取り戻そうとするものではない」と。

そしてブログを書かなかった間、

わたしがなくしていたものは『言葉』ではなくて

「言葉を発する力」です。

よりシェイプするためにここからカッコ書きも省きますね。

言葉を発する力というのは、

言葉を発するのに必要とする

言いたいことを整理する力、

発する勇気、

発する覚悟、

気力、

表現にかかわる発語、筆記、などの行為、

そういったもの全部をひっくるめての力という意味です。

それを全部失ってしまいました。

ただぼんやりと自分が失ったと思いこんだだけではなくて

現実的に、たとえば必要なメール一通の返信を書いても

疲弊しました。

生きた人間の場合はたとえば相手が家族であっても

うまく伝えることが出来なくなっていました。

全部わかってもらえるなんて思ったことはないけど

ただわかってもらえなさすぎたのです。

どんな他者のせいでもなく、

ただ自分の伝える力の拙さ、無さ、に絶望したのです。


この春に体調を崩して5月に活動休止を

初めて公に発表してもらいました。

自分で投稿したのではないのであとで消してしまったのですが

思っていなかったお見舞いのメールやメッセージを頂戴し

本当に有り難かったのに説明できませんでした。

ただ、歌えなかったのと先がみえなかったのは事実です。

「休んでまた歌えばいいとかダメだよ」

なども言ってもらったのですが、

「歌えない」という状態でした。


言葉の表現だけではなくて、

わたしは顔や身体の表現も絶望的にダメで

体調が悪くてもそれが伝わりません。

お医者さんにも伝わらないのでたぶんほんとに伝わらないんだと思う(笑

思ったら小さい頃からよく仮病を疑われた。

ほんとうにしんどいので「しんどい」と何度か言ってたら

クラスメートに「うるさいな!じゃあ保健室行けばいいじゃん!」

って言われたこともある(保健室行ったらすごい高熱だったけど)

具合が悪くて早退したあと

「あの子ほんとに具合悪かったの?」

って言われたこともある。

話し声が小さいので聞きなおされることが多く

発語に多大な勇気と覚悟を要する自分は

「え?」と、聞きなおされるとそこでいったんくじける。

くじけてるうちに誤解される。

よく授業中、先生に指されて答えても

皆に「聞こえませーん!」てはやされて

胸がいっぱいになって泣いたり、とかね(笑

けっこう根深い。

そういうのたくさん思いだすので、もう本当に

わたしは絶望的に伝える力や表現力がダメなんだと思う(笑)

ですので現状の報告も迷って悩んだのですが、

ほんとうに体調がだめになっていて考えたり書いたりが難しかったのもあり

説明も報告もできないでいました。

その間、文字数制限のあるツイッターで

自分の言葉を書くリハビりテーションをしていたのですが

まあ詳しく体調のことを書かなかったので仕方ないですが

え、元気じゃん、という声が聞こえればちょっと心が折れたりもしてました。

身体弱ってると心も弱くなりますね。命の両輪だなあと思います。

たとえばそこで

『今病院です』

『歩けなくて車いすです』

『食べられないので点滴です』

とか書いていたら

『療養しながらツイッターをしている人』

という姿を想像してもらえたかもしれません。

あるいは『ツイッターしているから大丈夫な人』だったかもしれません。

調子の悪い自分をイメージされるのを望んだかというと

望まなかったので、だからよかったのです。

そのかわり、自分が誰かにたいして

「見た目にわからなくてもこの人はなにかたいへんなことがあるかも。

皆たいへんなのは同じだから」

というのは以前以上に思うようになったので

それはよかったことかもしれません。



10月にステージに復帰できました。

ずっとオファーをいただいていて、保留にしていて、

リハビリを始めた夏に決めて、

決めちゃったからやらないと、

と思ってのぞんだ

不安でいっぱいの舞台でした。

主催のほうには、迷惑かからないようにと

あとはご理解いただけるように

体調の説明はしたのですが

たぶん伝わらないなと思ったので

検査データ一部を写真に撮ってメールで送ったぐらいです(笑


いろいろに新しいことをやってみて

変わった体調でも自分の流儀で結局やったと思う。

何か好きで、何が大事で、どうするべきかも、前よりずっと感じます。

まだ、書くのも喋るのも戻っていないのですが

でも少しずつやってみようと思います。

舞台に戻ってきたのだし、

まず生きてて、日常生活の中で思う、感じることを

おなじ世界に生きてる人に話してみる、

そういう日常会話といわれるものが

わたしはすごく

「表現」

だと思うところがあるから。

それに元来、書くのも喋るのも好きなのですね。


これだけ書いても言葉足らずを感じる。

足りてても全部は伝わらない。

他の誰のこともわかるわけはないと思う。

それは諦めではないです。

わかると思ったりわかろうとしたりしないようにすごく気をつけても

たまにわかりたかったりわかってほしかったりするので

わたしは間違ってしまうことがあってとても怖い。

皆、孤独な旅で

だけどわからない分だけ、皆が宇宙な気がします。

わたしにもわたしの宇宙の内だけで

えいえんに孤独で、自由で、

本当にはわたしにしかわからないものがあります。

だから皆がそうなんだろ思う。

そのうえで、人はどうしても言いたくて、言葉にしたくて

外に、生み放すんじゃないだろうか。

それは言の葉、なんてはかなげにうつくしく

日本語ではさらに呼ばれるけれど

言葉っていうのは、全部が誰かの命のかけらなんじゃないだろうか。

命を生むこと、命を投げかけられることって

すごく重いことなんじゃないか。

この表現でいいのか。あってるか自分。


・・・かろうじて歌のほうが得意です。

なのでまたライヴ会場でお会いできますようにと思います。

皆さまお元気で。

本当にそう思います。

報告が遅れてご心配おかけしてしてごめんなさい。

ひとことでとてもいえないのですが助けてくださった全てに

感謝します。

何かこんなに助けてくれるんだろう、と思うばかりの日々でした。



2016年 大好きな晩秋、昨夜見たものLet's go crazyと、月

Aki


画像は復帰した10月のステージのもの
Photo 垣内美智子


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とりいそぎ
2016-10-27 Thu 10:40
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とりいそぎ4月のライヴ告知です。
2016-04-06 Wed 14:55
とりいそぎ告知だけなのですが(たいへん、遅くなってしまったので!)


新しいとある美勇士_convert_20160406144416


久しぶりの美勇士さんと共演です。

(トライポリズム)、あと華音ちゃんのMs.RedTHEATERと。

華音ちゃんともほんとうに久しぶりにご一緒します。

出演者側からの情報として最初にこう書きましたが

客席にいらっしゃるおひとかたおひとかたとも同じなんですよ。

「また会える」というのはすごいことだと感じてます。

そのおひとかたひとりいなかったらうまれないものがあって

そのおひとかたがいらっしゃることで変わってしまうものがあるんです。

必ずある、としか言えません。




そして今回は全員で名曲のセッションもやりますよ。


・・・前に一緒に歌わせていただいた時は

個人的にちょっと悲しいことがあって、

それを悲しいことにしてしまわないように

きれいなものにしよう、ってなんだかすごく思えて、

歌ったのを覚えています。

そういうものが時間が経って、

今、自分にきれいなものとして帰ってきてくれたのを

感じられています。

歌詞のひとつひとつを思いながら

アン・ルイスさんの「WOMAN」を歌いました。

大きなホールだったのに

客席の方のお顔もすごく覚えているんです・・・


その時の↓


うぃずみゅうじ全身日記用



あの時、ああいうふうに歌おうとして、歌って、よかったなって

思えるところに今わたしはいます。

今、こうやって帰ってきた新しいものを壊さないように

自分を抱くように、抱きしめてゆこうと思います。



どうぞぜひご来場くださいね。

ご一緒に楽しい夜をすごせたらいいなあと思っています。

またひとつずつを作れたらとてもうれしいですしそうしたいです。

今回は告知だけでしたが、またすぐに。

皆さま、どうぞよい春を。

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わたしたちは月の下で。Say‘GOOD BYE’、郷愁と新しい旅立ちの歌
2016-03-10 Thu 16:53
皆さまこんにちは。

今日もご訪問に感謝します。



三月になり、一日一日を過ごして、

いや「過ごして」しまわないように、と毎日思っています。

時間はわたしにとってあいかわらずどんどん遅くなってゆくのに

でもどんどん、走る汽車の窓から飛び去る景色のように

一刻一刻に、心が確かに感じたものも、何かとして結ばれたもの達も、

容赦なく後になってゆきます。その感だけが速い。

いや、後にしてどんどん進んでいっているのはわたしのほうなのかな。

留めようとしていない自分に少しだけ焦り、

同時に全部を言葉にするのは諦め、どんどん、

風に手放していっています。

そしてそれでも残るものを持って歩いてゆくようです。




さて、かのダライラマ様も

「一日の仕事を皆終えてあとは寝るだけという時間が一番幸せ」

とおっしゃった、というのを読んだことがありますが

わたしもその時間がとても、といいますか一番好きで大事にしています。

で、わたしの場合はそこで何をしているかというと、

全ての音を消して、ひとり、本を読んでいます。

眠る前に頭を使うのはあまりよろしくないのかもしれないですが

あとは寝るばかりの状態になって、ゆっくり腰かけて、ほんの30分くらい。

少し胸がざわざわしている日も、頁をめくるうち自然に静まってゆきます。

わたしには小さな頃から読書はほんとうに憩いと充電で栄養補給で

その時の自分に来る本は自分が必要としている場合がとても多いです。

本のほうから呼ぶのですかね。

自分のアンテナのようなものが「必要」を感知して選びとっている

と考えるほうがわたしには合っています。本が呼ぶ、というより厳密。

ここ数日は、猫についてのエッセイがおもしろくて、毎晩笑えるので

いっぺんに読んでしまわないよう少しずつ、大事に読んでいました。

(わたし笑うのにも慎重に難しいんです←日本語やっぱりおかしい)

これまでいろいろリラックスやリフレッシュをはかってみたのですが

結局ここに還ってきて、

自分にも還れる時間、リセット、が読書でできているように感じています。



前置きが長い。



さて・・・書く書くと申していたイベントのレポートを少しずつ

やっと書こうと思います。

膨大な画像と膨大な思いがあるのです。

おそらく全部書けませんし迂闊に書けば残るどころか奪われてしまう。

先ほど書きましたように、どんどん後ろに飛んで去ろうとするものたちを

永遠ではない人である、わたしの脳というあいまいな器官を

探り、その時を思いだし、それにできるだけ厳密な言葉を当て、

お伝えしようとしています。

何だか難儀そうなことに書いていますがそこには希望があります。

ちょっとメモに「○月×日 だれそれと電話。」とだけ書きのこしたものが

その時の「全部」をあとで思い起させてくれることがある。

ちょっと書いておいたものを読み返した時

それが思い出を引きだしてくる取っ手、ある鍵になってくれることが

多いです。意識の海面下から、

「こんなことをわたしの脳は覚えていてくれたんだ。」という小さな場面を

ざざざーとたくさん連れてきます。

こんなものをこんなところに仕舞っていましたか、と驚きます。

だから、忘れてしまう、薄れてしまう、自分のために

足りない言葉でもまず書きます。

そして「自分はこうなんです」というところから出発するのは

自分がものをつくるときの流儀なのですが

こういうとても小さい小さいところも同じように。

そうやって、書いてみます。


2月22日

東京・下北沢

ゴシックベリーダンサーMayuさんの主催される

「Gothic Channel Vol.3」

というイベントに出演して参りました。



ゴシックチャンネル_convert_20160308163627






今回ゲスト出演ということでお呼び頂きました。


Mayuさんという方をここでご紹介する画像を随分迷ったのですが

決められなくて(どれも綺麗なんです)

そもそもGothic Belly Danceというものにわたしは初めて出会いましたし

此方にいらっしゃる皆さんにもそういう方が多いかな、と思ったので

Mayuさんが実際に踊っている動画を選んでみました。













Mayuさんと初めてご一緒したのは

昨年12月に出演したアートイベント「Pays de MIROIRS vol.2」で

これは演劇、ダンス、音楽、パフォーマンス、

盛り沢山の内容で、しかし散らかっていないイベントでした。

散らかっていないというのは、

ひとつコンセプトや世界が貫かれているという意味です。

入口である門はある人にとっては狭いかもしれませんが

中の世界は狭く閉じられていないもの。

門だけが大きく開け放され中身は小さく狭いものとは違っていました。

(pays de MIROIRSについてもまたあらためて書きますね

長くなってしまうし、ここで書くとまずわたしのブログが散らかってしまう!)

そこにてMayuさんの踊りを初めて観ました。



踊るMayuさん



鏡の国のMayuさん_convert_20160309183510








美しかった。

身体にも踊りにも贅肉がないんです。

たぶん踊りに向ける心にも。

贅肉がない、というのは言い訳がない、という意味です。

補足や注釈がないということです。

わたしはいつもその「贅肉」がないダンサーの方に、ダンスというものに、

強い憧れと

「ああかなわない。」

と思う気持ちがあります。

勝ち負けではないのですが、

かなわない、って思うんです。

自分には「贅肉」がとても多い、余計なものが多すぎる、

って思うんです。


Mayuさんが、踊りながらふっ、と笑う瞬間があるのですが

「あ!今笑った」

と思ったとたんそれは幻のように消えてしまう。

確かに今ほほえみを見たのに、それを追ってももう見えない。

今見たのは夢だったのかなと思う。不安に似た思いさえ抱いてしまう。

そして踊りが終わってしまう。心はあの一瞬の謎につかまえられている。

それがとても印象的でした。

まずわかりやすさを敢えて避け無表情に徹する芸事は

とても雄弁で、最も真実の心が、見える時があるものと思います。

わたしはそれを表現と思っています。

そして、鍛えられ、練られ、踊りこまれたものを踊る、ということは

完成された楽譜を忠実に正確に再現することが最も美しい、というのに

似ていると思います。

心がないという意味ではないんです。心があるからこそ心をまず黙らせる。

最初には精進のみがある。心のために鍛錬する。

Mayuさんの踊りにはそういうものがありました。

そしてほんとうに美しいものは人を黙らせてしまうものなので

わたしには今、本当は言葉を見つけるのが難しいです。

わたしは多弁すぎるのだ、と

Mayuさんの踊りをみて、思いだして、あらためて思っています。

ああいうふうに自分もただ、歌だけを歌えたらと思います。




舞台が終わって、Mayuさんが

「ねえ、hideの曲歌える?絶対私のイベントにあうと思う。

それで踊りたい」

と言って下さって(その言い方がまた実に、魅力的で忘れられない。)

今回の共演が実現しました。

本番までいろいろがあったのですが

全部を書くとほんとうに長くなる。

全部書きたいくらいなのですが。

イベントのことと連動してそこに少しずつ、

少しだけを、差し込みながら書きます。


Mayuさんのイベント「Gothic Channel」では

ベリーダンス、

ゲストとのトーク、

そして音楽、

今回はバーレスクのSafiさんという方も出演されて

こちらも盛りだくさんなものでした。

(このチケットすごくお得!と思ってしまいました)

Safiさんがとても素敵でこれも書きたいのですがまた改めて。

(散らかるから。)


ここにはMayuさんの美学が貫かれていました。

当日の会場もとても美しかった。

赤と無数のシャンデリア、暗闇と眩しさのコントラスト。








日常ではまず見ることのない華々しい衣装をつけて

美しいダンサーの皆さんが次々に踊る。

衣装をつける、メイクをする意味と効果をあらためて思わされる。

Safiさんのトークとバーレスクダンス(書きたいが書くと散らかる)

Mayuさんのトークが巧みなのに自然で

(そうだ、Mayuさんのダンスは巧みなのにとにかく人間が自然なのです)

思う事も頂く事も

たくさんあったのですが

書ききれないし、書けない(散らかるから)

とても心地よかったこととしてひとつ、

開演前、公演中、終演後、

出演者のどなたもつねに静かだったことが

思いだされます。

イベントだと、気があがってしまっているというか、

ハイになってしまうというか、

高揚感はわかるのですが

しなくていい雑談を大声でしてしまったり、

本当は要らない挨拶のようなもので

心や空間を濁してしまうのをよく見かけます。

そういうものが一切、なかった。

いやだと思うことがひとつもなかった。

Mayuさんはじめイベントに関わられる全員が

「美しいものをつくる、そこを守る」

ということにあくまで静かに徹していた。

だからほんとうに空間から美しかった。

それはめったに出会えない類の静寂で

わたしにはほんとうに心地よかった。

それぞれのダンサーの皆さんの踊りや、

そこで交わされていた場面にも書きたいものがたくさんあります。

ですがやっぱり・・・見たようには書けないので

頂いたたくさんの画像を。

公演中は撮影や録音ができなかったので終演後のものですが。




ゴシックチャンネル3_convert_20160308163258





ゴシックチャンネル7_convert_20160308163710



Takakoさんと_convert_20160308163745


Safiさんから2_convert_20160308163900


しんたさんと_convert_20160308163835


Izumiさんより2_convert_20160310152505




Mayuさんが歌ってほしい、と言われたのは

hideさんの「GOOD BYE」でした。

たぶん、Mayuさんに言われなかったら

わたしはこの曲を歌うことはなかったし

ああいう歌なんだとわかって、

あの気持ちで歌うことも出来なかったと思います。

そしてMayuさんとわたしを結んでしまうhideさんという方がすごいなって

これは最初に思ったところ。


踊るMayuさん。





Mayuさん_convert_20160310152522




・・・実は、本番前にMayuさんが大雪の中

リハーサルに出向いてくださったのでしたが

まずリハーサルスタジオで歌い出し、

Mayuさんがちょっと、踊り始めただけのところなのに、

それを観てわたしは胸がいっぱいになってすぐ歌えなくなってしまい

「これは観たら歌えない。」

と思ったので、一度も観ることができませんでした。

Mayuさんには「見てよ~」って言われたのですが

ダメでした。

自分の歌で、ああいうふうに踊られるということは

今の時点のわたしにはそうなってしまうどうしようもないことで

歌に集中しよう、と思いました。

いや、いつまでたってもそうかもしれないですが。

目をあわせてどうとか、無理でした。

自分がゆさぶられるばかりで、

本当は目をあわせて作り上げる歓喜もあるのかなあ…

美空ひばりさんはなんであんなに泣きながら乱れず歌えるのだ!



もう一曲、Mayuさんから

何かアップテンポなものを、ということでお任せ頂いて

Mayuさんが踊りを始めるきっかけになったというレベッカの曲から

「MOON」を選びました。

これは、どれがいいかなと思って、すぐ

今の自分の思いに不思議に近かったのですぐ決まりました。

わたしは今、こんなに大きくなってしまったけど、

小さなわたしは今もこの身の中にいて、

この街が、たくさんの大人の人たちが、

大きくなれよ、育てよ、ってどんどん自分を燃やしながら祈り守ってくれて

ここに生きているんだな、

月はその時からずっと同じ月で、今も、

って、

そういうことを思いながら空をみていた時期でした。

故郷への思いが胸に募っていました。

Mayuさんがこの曲で踊ってくださることが決まってから、

夜、月の空に、もくもくと煙を吐く建物を何度も見た。

それから、Mayuさんとはじめてリハーサルをした夜、

明るい月夜なのに雪が落ちてきて、その中を傘をささずに帰った。

Mayuさんもわたしと同じように少女だった頃があって、

それを同じ月の下で一緒に歌ってみたい、

同じく小さな子供だったお客様にも、

この同じ月の下に今大きくなって生きてて在るんだって感じてもらえたら

という夢をみました。

壊そうと思ったら簡単に壊れてしまうもの

諦めてしまえばそこで終わるもの

そうだから壊さないように、諦めないように、

大切に生きて、

というわたしの今の思いが「MOON」の歌詞に重なっていました。



本番

「昔、ママがまだ若くて、小さなあたしを抱いてた…」

と歌いだした時、

Mayuさんがスッ、とフロアの中央にうずくまるように位置をとったら

もうそこには月の下に佇む「MOON」と同じ少女がいた。

わたしはカウントをとり忘れて、

しかも足首につけた鈴も予定通りにうまく鳴らせなくて、

Mayuさんはとても踊りにくかったと思います。

ほんとに足りない、精進しなければ、壊れてしまう。

すごく反省しました。もっとやりたかった。

でも終わったあとSafiさんがすごくニュートラルに

「MOONがすごくよかったー」

と言って下さってそれはとてもうれしかったです。

ですから余計もっとちゃんとやりたかったです。

わたしは歌だけ一所懸命に歌おうと思い

Mayuさんが踊って、それがひとつの世界になればいいと

思っていました。

一度だけ、どこかでMayuさんと目があったのですが

Mayuさんの顔はほほえんでいた。

一度だけ。

「GOOD BYE」が最後の曲だったのですが

Mayuさんがこういう機会をくださって初めて歌って見た時に

これはさようならではなくて、旅立ちの歌だったんだ

と感じました。

一緒にやっている時やっぱりMayuさんとわたし、

ひとりとひとりだったのですが

同じ、強い風が吹く果てしない砂の上にいたような

ごうごうと鳴るような時間にいたのを覚えています。

観る方の目に何かひとつのものが見えていたらいいです。

わたしはまた旅発ちたい。皆で、新しく旅立てたらいい。

そう思っていました。

そう思う心のために、心を忘れて、

ただ歌うことだけを今しようとして歌っていました。



会場の固定のカメラで撮られたもので、映像も音も粗いものなのですが

この「GOOD BYE」だけ、ここでお届けします。









わたしには2016年の最初のライヴがこれでした。

いい始まりを頂きました。

よい春に。

楽しい年に。

したく思います。

皆さまにもよい春でありますように。

さあ、

旅発とう

2016年3月10日に、髑髏海月








此方はMayuさんの「Gothic channel」のブログです。

わたしのこのブログと同じく、画面に月が在って、ちょっとうれしかったです。

そしてMayuさんのピアノは、この時期どんな音楽よりも落ち着きました。
「これを弾きたいんだよね。」と言ってからMayuさんが練習をすごくされたことが
まがりなりにも自分も音楽をやるのですぐわかった。とても気持ちよかった。
こういうふうに丁寧に生み放してもらえる音は幸せだと思う。
今回音楽でもかなわなかった、その心に。わたしもがんばろう
MayuさんBlog



終わりはMayuさんとの2ショットで。感謝デス、アディオス☆






Mayuさんと_convert_20160308163406


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2月29日なので
2016-02-29 Mon 15:28
4年に1度のこの日に生きてる痕跡を

というとちょっと違う

now scanning

自分が人生のある地点でのある考えの過程あるいは

この時点での一番成長しまた一番若い日に

息をしていたということを

この狭間のような2月29日という日に書いておこうかなーっ

なんて

重いのか軽いのかわからない感じで本日もつれづれ書きをしておりますが

ご訪問の皆さまありがとうございます。

お元気ですと、うれしいですよ。

わたしも元気です。


最近めっきりものごとを書くことも喋ることも

しておりませんでした。

書けば足らず、喋れば奪われ、

意余って力足らず

そういう自分がもうどうにも苦しくなってしまって

なるべく、

黙り込んで生きていました。

黙ってこつこつと手を動かしておりました。

そうしたら、その中で、

思いのお弔い

をできたかもと感じる時間がやってくることがあって

すっかりそれに味をしめてしまいました。

感動しても、言わないの。

怒っても、言わないの。

「くだらない」と思っても、言わないの。

とにかく、言わないの。

言えばつねに減るし

自分も何故か疲れて傷がつくの。

表現するってそういうことなのでしょうね。

あまり微に入り細を穿って書くと同じことになっちゃうので書きませんが

自分の中で、ああこうしてたらこうなってゆくんだな、という

智恵のようなものがつきました。

そうやって静かに内部でエネルギーを燃やしていた

総決算なのか知らないですが、この狭間の、

なんというか春の前の最後の障壁みたいにも感じられる2月29日に

発熱しています。

微熱ですが、熱いものは熱い。

世の中、性質の違いは個人差ということで認められようとしているのに

身体の機能や感じ方の違いについては少しかたくななところが残っていますね。

たとえばわたくし、平熱が35度ございません。

そんなわたしの37度と、

平熱36度5分の方の37度は違うと思うんです。

そういうバイタルの違いはなくても、やっぱり人それぞれの

「37度の発熱」だと思うんですよ。

だから、あなたが37度でがんばれば働ける人であっても

37度がほんとうに苦しくて立てない人もいるんだということを

ちょっと思うだけでも世界は違ってくると思います。

「気合いが足らん!」

なんて、ちょっと世界が狭くて、やさしくないでしょう。

で、やさしいほうがいいでしょう。

わたし?

わたしは37度でブログが書ける人(個人差です)

皆、違いますね。

違うから、おもしろいことがたくさんありますね。

で、そういう、あなたと違うわたしの何かを

「やだ何言ってるか全然わかんない。」

と思いながら読んで頂くのも一興なんです(ポジティヴ~。

というわけで少し、書いてみます。

ご訪問、誠にありがとうございます!



昨年12月の東京公演、

2マンライヴ、

そして今年2月の東京でのイベント出演、

全部終わっているのですがレポートがまだであります。

書く書くといって書いていないのは

先に書きました

「書くと逃げちゃう」現象のせいです。

でもまた・・・まあ・・・書いてみますね!

今日のところはつれづれがきです。

レポートはお楽しみにしていてくださるとうれしいです。

ひとつだけ言うと、全部、とっても、

楽しかったです。



春めいてきて、

雪の日にも雪が花のように散る日があり、

長い冬を越えられたらいいなと思って冬に入り

毎年この時期にはちょっとだけ安心します。

なんでも出口がありますね。トンネルをぬけたみたいなね。


イベント出演中、東京・下北沢に滞在していた時

見た目によらず早寝早起きのわたしは宿泊先周辺をひとり散策していて

梅が咲いているのをたくさん見つけて

「あーあとで、歌う前にあの梅の花からいいものもらってから行こ」

などとしずかにうきうき歩いていたら

どんどん遠くにいってしまい

梅はどこにでも咲いているので道を見失い

ダンサーMayuさんに救助されてしまいました

場所を言ったらちょっと驚かれたくらい

ものすごく遠くまで歩いて行ってたらしいです。

それで思いだしたのですが

小さい頃、わたしはこうやって迷子になったことがありました。

曾祖母、ひいおばあちゃんのおうちに遊びにいった時です。

都会育ちのわたしにとって自然でいっぱいの田舎道は

教科書でしかみたことのない花や草がいっぱいで

すっかり昂奮して心を奪われてしまっておりました。

途中行く路で、「ふきのとう」をはじめて見つけて、どうしても採りたくて、

ひいおばあちゃんのおうちからひとりで出かけたんですが

そこで迷子になりました。

わたしは

「赤い着物の、おじそうさまがまがりかどにあるところ」

をめじるしに行ったつもりだったのですが

田舎というところは

全ての四辻に同じようなおじぞうさまのお堂があるのですね!

めじるしのおじぞうさまのところを曲がったはずなのに帰れない。

ふきのとうを持って、どこの角にもおじぞうさまがいらっしゃる

おじそうさまラビリンス(逆に見守っていただいてありがたい状態だな…)

で泣いていたら

通りすがりのおばさんが助けてくれて

「おじぞうさまのところを曲がってきた」

と言うわたしのとっても役に立たない情報で

ひいおばあちゃんのおうちまで連れていってくれたんです。

心配してひいおばあちゃんが出てきてくれたのを

今でも覚えてます。

わたしは怖かったのでたくさん泣いて、

家族はしばらくそのことをあちこちで笑い話にしていてちょっと悲しかった。

でも、そういう子が今のわたしで、

梅の花につられて迷ってたりするので

あの子はここにいるんだなあとか

あの子がわたしなんだなあとか

ちょっと幸せな大人の迷子でしたよ。

大人の迷子はちょっとの不安の中でも

「さあいよいよこれは迷子であるぞ」と認識し

泣いても動揺しても何も変わらないのだと思いだし

では何をすべきか、いったん落ち着こう

と、高速で頭を働かせながらも

その迷いを楽しめる時間でしたよ。

最近木村拓哉さんが

「不安さえも楽しもう」

というようなことを言ってらして

そうだな、生きてるからこその醍醐味だよな・・・

と思いました。

醍醐味といえてしまうほどの

命に関わらない状態だからというのもありますが

身体的にも精神的にもしんどいなと感じる時はいつも

たとえばこれを死んだあの子は味わえないんだな

っていうことも思います。

小さな経験も大事に食べれば、血肉に・・・智恵に、なって、ゆきますね。





生きていくための、

何かを解決するための、

乗り越えるための、

いろんなノウハウやハウツーがあります。

そしてそれには普遍的な性質があるにせよ

それぞれの人間の中にそれぞれ辿る道があるし

あるべき、見つけるべきなんじゃないのかな、と

わたしはとても思います。

随分、若い頃からそう思っていたので、

例えば「人とうまく話す方法」のような本は手にとらなかったし

自分からとにかく・誰かを・何とかして・しまわないように・

すごく気をつけていたと思います。

いじわるやけち、出し惜しみとは違うんですよ。

自分だけのものを見つけた時の気持ち、

あの気持ちを知ってるからなんです。

葛藤も迷いも含め、とても、いいもののように思うんですよ。

だからノウハウ本やハウツー本を見る前に

ちょっとだけ自分で、歩いてみてください。



この2月29日はこんな気持ちでいました(未来の自分へ。)


では、また、春にはライヴの予定がありますので

そのお知らせもいたしますね。

皆さん、よい春を。

よい、残りの冬も。


本日は迷子記念の画像でおしまい。


迷っているところ。下北沢よいところ☆





ゴシックチャンネルAki_convert_20160229144347
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