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「二人の真に求めたものは一点の染みもない永遠ではなかったか?」
2017-06-18 Sun 11:11
本日のタイトルは『櫟(イチイ)の館』、

ダトル伯爵の台詞よりお借りしました。


皆さま、こんにちは。髑髏海月です。

6月8日~11日まで、今書きました舞台、

レ・ミロワールの公演

『耽美童話の会 第四章』に出演しておりました。

演劇との共演は初めて、

はじめからおわりまで、大きなところから小さなところまで、

何もかもが初めてづくしでした。

不安と緊張でいつも以上に顔の色を失っている楽屋(いつも青白いですが。)







わたしはこのレ・ミロワールという劇団の

美しいことで「尽くし」ながらも、人であることから逃避せず

命あるもの、命に関すること、生き死にを軽んじない作品が

好きです。

そして耽美と謳われるものは重くはならず美しいのです。

耽美、とは「美に耽る」とは書きますが

それは美に逃げて頭を空っぽにすることではないと思います。

頽廃とやらに身を委ねて感覚怠惰に生きることでは決してないと思うのです。

むしろ美しいものにたいして通常より敏感に、自分を律し厳しく

美を目指す姿勢を耽美というのだと思います。

さらに美に耽るのはとてもエネルギーが要ること。

時に覚悟をもって背徳感や罪悪感を背負う勇気を必要とすること。

深部にある本当の美に出逢いそれを味わえる人は

根気を連れた静謐さと品性をその生活の中に守る者だけ。

そういうものが耽美だとわたしは思っています。

主宰のルイ様が

「うちは社会派の劇団ではないので・・・」

とおっしゃったことを思い出していますが

総てに穏やかに優しくも温かくも寛大にも鷹揚にもなることも大事。

美に耽る、美を愛でる自分にも他人にも、です。

非日常というハレを作品として作り見せながら、

けして見せはしないけど、

生きる人の身の営みというケの一瞬一瞬を疎かにしないこと。

わたしも日々そうありたいと思っているのですが耽美にはタフさも要ります。

用いる場所が違う表現ですが、蝶よ花よ、お耽美よ・・・

のようにお気楽なイメージで言われるとしたらそれはほんとうは

耽美、ということとは遠いものといつも思うのです。

耽美とは、ゆったり静かな佇まいのもので

…今のわたしのように多弁にすぎず軽やかでかつタフなものなのですね!

何故静かにしていようと思っても

お喋りがすぎてしまい気難しくなってしまうのか自戒しきりですが

そう美の本質を思う事々を感じるものや時がとても好きです。


朝霞ルイ様演じるところの『櫟の館』、ダトル伯爵。



ダトル伯爵_convert_20170616135437


目の前でお煙草くわえて

「どうするかな…」

と額をおさえて座っていらっしゃるだけで

姿が絵になっているのです。

一挙手一投足を普段から意識していると

そういうものはいつか身についてかえって自然に見えるものと思います。




耽美は続く 『櫟の館』 ヴェラ役の美しき神剣れい様。



ヴェラ様_convert_20170616135345


ダトル伯爵の最愛の妻。亡霊となってあらわれます。

バレエのシルフィードやジゼルのウィリーみたいに

まったく生きている人間感が無かった。

だんだんヴェラの生きている愛も見えてくるのですが

あまり劇中のことを書くと野暮だしネタバレというやつになるし

れい様も「またヴェラに会える日まで」とおっしゃっていたし

再演に備えて黙っておきます。

…また観たいです、と自分の希望も書いておく。


そして『櫟の館』でのわたしの役割はギターと歌の生演奏で、

召使い兼墓守、ストーリーテラーの類いでした(と思っている…)

『墓守ノ歌』の他に、

今レコーディングしている中から新曲2つと、

クラシックからふたつ、

ドヴォルザークの交響曲第九番第三楽章よりのメロディーと

前公演から持ち越しのこの作品ぴったりの一曲、グルック『精霊の踊り』

を歌いました。

『精霊の踊り』は『櫟の館』モードになりたかったので

本番までの日々ずっと聴いていました。



櫟の木々の下、ダトル家集合写真。自慢の麗しきご主人様と奥方様


ダトル家一同22_convert_20170616135045


お二人の姿と演技があまりに美しい世界だったので

とにかく自分の歌が舞台を壊すものでなければいいなという気持ち、

それと、自分の平易な歌でこの美しい物語を翻訳できたらなという

おこがましくも切なる気持ちがありました。

わたしが音楽をのせているように見えて

ルイ様もれい様も音楽をつど読んであわせて下さっていました。

リアルタイムで舞台を見ていてすごくそれを感じた。

7回公演全部の舞台で全部違ったし毎回変わったのです。

化学反応などと陳腐な言葉では言うまい。

ただ客席の皆様のお胸に届くものがあったらわたしはうれしいです。


また、もともとこの作品はルイ様の一人芝居だそうなのですが

形を変えて再演、再再演となっているので

奏者がわたしではなくてもまたかかる際には

是非この作品、ご覧になって頂きたいなと思います。

・・・ほんとうに美しい愛の物語なので。

綺麗なものを見ると心が晴れます。



美しい愛の物語といえば、今回の二本立てのもう一つの劇

原作が『カーミラ』の『荊の肖像』についても少し。


カーミラは吸血鬼として知られていると思うのですが

わたしは初めてレ・ミロワール版『カーミラ』を観て

「吸血鬼っていうのは、ハンディキャップのひとつなのかも。

病とか、障害とか、国籍とか、そういうもの。」

と思いました。

「普通」に生きていても人生の中には時に諦めなければいけないものがある。

ハンディキャップがあると諦めなければいけないと思わされるものが

多いんじゃないかなと思う。

人生の途中で、たまたま「吸血鬼」となってしまったカーミラが

心から愛したローラとの別離を選ばなければいけなかったように。

どうにも血を吸いたくなって相手を死に至らしめてしまうのですから

そうしたくないなら離れなければいけないのはわかるのですが

「吸血鬼だから好きな人を諦めなければならない」というのは

ひどい話だなーと思えたのです。何か方法があるんじゃないか!と。

もし今、人の世にそういふうに人に諦めさせる何かがあって

もし「皆が幸せになっていいんだ。誰かの力を借りていい。」

と言われることがほんとうなら

…わたしたちはできうる全力でそういう、世界のみる未来の夢を

叶えてゆくのが仕事じゃないかな…と思いました。

社会派の作品ではないのにこんなことを思わされるのは

今回のカーミラがあまりにも人間として描かれていたから。

同じ人間、ただし吸血鬼の性質がある――――です。

乃々雅ゆうさん演じるカーミラもいい意味で

吸血鬼感がなかったのです。

タフで凛々しくて、

ちゃんとあたたかい血の通っている生身の吸血鬼

というひじょうに新しい吸血鬼像を見ました。


このカーミラを愛し、愛されるローラ、

また教育係としてローラを愛するラ・フォンテン嬢と

作品全体の中に、

世界の慈愛と良心、

世界自身がこうなりたいと願う希望、そして祈り、のようなものが

溢れているようにわたしには感じられました。

「育ちも宗旨も異なる人と理解しあうことはとても難しい…

でも仲直りしたいという気持ちをただ素直に伝えればいい。

(心は見えないから心を伝えたいのであれば)形のある何かを贈り物に」

という内容の台詞が忘れられません。

このカーミラ―『荊の肖像』という作品こそが

わたしがもらった、形ある贈り物のように思いました。

作品とはかくあるべきなのだ、ともあらためて思いました。

わたしも、わたしの歌を聴いて下さる方に

何か「贈り物」を持ち帰って頂けたらうれしい・・・というゆめをみます。


白城さくらさんのローラと、カーミラの

忘れがたい月夜の場面。

美しい二人。

なんだかこの二人にお別れはなかったように思えるので不思議です

カーミラとローラ_convert_20170617125430


誰もが好きなものと一緒にいられますように

今願ってやみません。




画像沢山頂戴しましたので小ギャラリー↓お楽しみください。


みさとちゃんと_convert_20170616135620

ルイ様と_convert_20170616135731

集合_convert_20170616135813

耽美童話集合2_convert_20170616135848

主演のお二人_convert_20170616135700

アフターイベント集合_convert_20170616135519



これからも清く明るく耽美に美しく生きるぞ!






・・・さて、ここよりちょっと長き傍白

前回ブログを書いてより、こちらを更新しておりませんでした。

出来なかったのです。

最後に更新した日、

おそらくわたしが一番愛して、わたしを一番愛してくれたものが

元気で一緒に生きてくれていた最後の日でした。

最後になるとは知らずにブログを書いていた明日を知らぬ愚かな自分を

覚えています。

新しい日付のブログを書くことで

わたしは時計を動かしたくなかった。

新しいものを上に塗り重ねたら

まだ息づきを空気に留めているものを埋めてしまうように感じた。

時計をとめても動いて、変わってゆく、季節に全く追いつけなかった。

雪は勝手に解け、

花は時満ちて断りもなく咲き、待ってくれもせず散り、

緑が萌えた。

頭がおかしくなりそうだった。

来たる新しい時間・季節・季節が連れてくるいろいろを、

もし今並んで一緒に見たら、なんと言ってくれるのだろうか、

どんなふうに同じ景色を見てくれただろうか、

わたしの「目」でもあり「感覚」であったもの。

大切な誰かがいない世界でみる新しきものはすべて

色も形も、本当の色なのか形なのかわからない、信じられない、

受け容れるに厳しすぎるものだった。

そばにいるようにふるまい、声をかけ、歩き、眠り…目覚めては

なんの感慨もない朝陽を罰あたりにも漂白された様な胸で迎えた。

人というのは悲しいほど正気でしかいられない時があるように思います。

正気で、全部わかって、それと対峙し、かつ「方法」を見つけるものです。

時を凌ぐ、という、智慧が教える唯一の方法を。

今回のお話を頂いた時、物語とダトル伯爵があまりに自分と重なりすぎました。

わたしときたらなんと思ったか。

この状態の自分がでこの物語に歌を添えられる、

歌い手冥利に尽きるではないか…と思ったのでした。

例えば恋を失ったあとに恋の歌を歌わねばならぬ時も

「うわあ、今ぴったり。グッドタイミングー」

とか思ってしまう、ちょっと業の深い感じなのですね。

でも去ったものはそれでいいと言っているように思いました。

わたしに一度もいやなことをせず、言わず、

欠点だらけのわたしの全てを受け容れ、守り、

ただ愛のためだけに愛をくれたものが

わたしが何をしようと、ゆるしてくれないわけはないのだと思える位

わたしは愛されたのだと思います。

失ってももらったものばかりなのです。

これが幸福でなくてなんであろうか。

『櫟の館』はハッピーエンドの物語だと思っています。

ダトル伯爵は「永遠」という真理を見つけます。

だから本番までの稽古中、

そして本番すら何度か自らの気持ちに呑まれて

泣くことを禁じえなかったのは悲しみからではなく

大きな幸福を自分の中に結実する魂の作業が

わたしの中で働いていたからだと思います。

あれも幸せの一種だったと思う。



時計を動かそうと思う。

時計を動かせば襲ってくる恐ろしいものを知りつつ

わたしはわたしの時計をまた動かそうと思う。

「時計のぜんまいを巻いたのは誰だ!」

最愛の妻を失くし「時を凌い」でいた

人の叡智あるダトル伯爵の

崇高な正気こそが世界に叫んだただ愛あるその問いに、

未だ噛み砕けず腑に落とせぬ喪失を抱きつつ

わたしが勇気を出して歌いそえるとしたら。


時計のぜんまいを巻く者、それはわたし自身だ。

これは、わたしの時計なのだから。

ゆっくりと、目を覚ますように優しくいつか針が動き出すといい。

生々流転する世界の時計に身をまかせてその時を待とうと思う。



ご訪問ありがとうございました。

またご来場と応援下さった皆様に心より感謝いたします。

また、どこかでお目にかかれますように。
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『言葉』を取り戻すまで。
2016-12-10 Sat 17:06
ある日の早朝

繁華街の裏通りのパーキングエリアの隅っこで

首を、車に轢かれて

死んでいる鳩を見た。

血も苦悶の痕もなく

ただ鳩の頭部がぺたんこになっていて

そこから丸く弧を描き自動車のタイヤ痕が残っていた。

今、記憶の場面を描写する言葉を厳密に探しながら

内輪差、という普段あまり使わない言葉を

どこかにしまっていた脳が思い出したのでそれも書きとめる。

わたしは

死んだ鳩を見て

鳩は、

ただここにいただけで、

次の瞬間に自分が死ぬなんて思わないで、

自動車がただその上を通ってしまったんだ、

鳩の大きさでは

自動車が上を通ったらどうにも出来なかったろう

と、思った。

その、静かで、ほとんど一瞬の帰らない運命の場面を

時間を遡ってわたしは、頭の中にそうやって描いてしまった。

選ばずに勝手に全てをこうしてイメージしてしまうのは

わたしの脳の、あまりよろしくない癖なのだ。

ぐにゃり、という、自分が作ったイメージの音が

その想像の中で聞こえるように感じる。

鳩はそうやって死んだんだ。

こんな話を聞いたら、読んでいたら、

きっと気持ち悪いと思う。

わたしも書いていて気持ちいいわけではない。

読んでいる方のことを思っていないわけではない。

ただ、今のわたしは、

こうやって書かないとその時自分の中で何が起こっていたかを

えいえんに「外」には話して聞かせることは出来ないと思うので

そして確かに誰かに話したいという気持ちを思い出し始めているので

それをお話してみようと思っている。

だから綿密に、厳密に書いてみている。


鳩が死んでいる都会の早朝、閑散・殺伐とした裏道のパーキング

その横の道に一人立ってわたしは泣いた。

けっこう説明を書いたから、そのくらいで泣くの?、って

言う人はいるとしても、その数は減るんじゃないかと思う。

もし人がよく言うように「人それぞれだよね」を

本当の意味でわたしにも許してくれるなら。

人それぞれなはずのなのに、自分の言葉は

足らなさすぎるのか極端すぎるのか

「人それぞれ」をゆるしてもらえることが

あまりないように感じることが多いです。

それは自分が他人の意見にそれぞれをゆるしていない

ということなのかなあって

鏡に映したようにそれも思う。

ほんとうに「人はそれぞれだ」が腑に落ちていたら

人とはもっと自由におもしろい話ができるんじゃないかって

できる相手がいるんじゃないかって思ってしまう。

でも「人それぞれだよね」で無に帰されてしまう

命の言葉を、

多く見たような気がする。

議論されるべきものが消えてしまう場面とかね。

そもそもそうやって、言葉を重いものとして

感じられないものを、たくさん感じた。

そのくせ自分はかたくなな言葉ばかり使っているようにもね。



・・・とにかく、そうやって死んだ鳩を見たことは

わたしにとっては心の働きの果てに泣くに相当する

出来事だったのです。

鳩はただ、ぼんやりここにいただけなのに、死んでしまったんだ。

一瞬で起こってしまったことなんだ。もう変わらないんだ。

なんてとりかえしがつかないことだろう、

なのになんでわたししか見ていない小さなことなんだろう。

誰も知らない。消えてしまう。

どうしても出てくる涙をぬぐっていたら、観光客だと思う、

大きなキャリーケースを押した外国人のカップルが通った。

女の子のほうは、黒いレース生地っぽい、ミニのワンピースに

網タイツに編み上げのショートブーツを履いていた。

男性のほうはどんなだったか憶えていない。

その女の子のいでたちはなんとなくちょっとロックテイストだったので

やっぱりちょっとロックっぽい服装をしているわたしを見て

同じかんじ、と思ったのだと思う、

目をあわせてニコ、と笑い少し振り返りながら通り過ぎた。

何か通じたのかもしれない。

この人に今、笑いかけてあげる何かがある、

と感じたので、そうやってわざわざほほえんでくれたようにも

思った。

その女の子のしてくれたことはわたしに優しかったから。


鳩は変わらず黙って死んでいた。頭をぺっしゃんこにして。

首の羽毛がふわふわと朝風にやわらかく弱く揺れていた。

鳩から少し視線を上げると、

ビルの隙間に朝の、

今日の空を彩る始まりの薄い青色を見た。

まだ清掃人がやって来ない夜の残骸に

鴉が集まってきて鳴いていたと思う。

記憶の中で朝の空気に鴉の声が聞こえているから。

朝の鴉は食べ物を探している。

死んでいる鳩のところに鴉が一羽おりてきていた。

あ。と、わたしは思った。

鴉が鳩の首のところを突っつきはじめた。

鴉は羽毛の奥の鳩の肉を、嘴で探りひっぱるようについばんでいた。

ああ、鴉が、この鳩を食べるんだ。

じゃあ、よかった。

そう思った。

誰かの生きる糧になって生きるんだとか

生きるものは皆他の命を食べて生きてるんだとか

そういうことを思いめぐらす時間があったわけではない。

ああ、鴉が食べてくれるんだ、よかった、

と、ただ思ったのだった。

ただ思ったこと。たったそれだけを説明するにも

最低でもこれだけ書かないといけない。

そして書いても全部は伝わらないことを知っている。

それでも書く、話す。

そういうパワーがなくなっていた。

誰かに自分の何かを、あえて話そうとしなくなっていた。

急にしなくなったわけではない。

長い時間の中で、徐々にわたしは自分の中で起こっていることを

話すことを諦めるようになった。

「爪を切ったら、深爪をになってしまって、痛いんだ」

そんな他愛のないことを他愛なく誰かの前で口にする、

誰かに話す、

そういう皆が他愛なくやっているだろうことが

できなくなっていた。

返事をしてもらえないことがあるたびに。

誤解されるたびに。

誤解どころか反対にうけとられるたびに。

まったくけんとうはずれな批判をされるたびに。

伝わらない言葉を生みたくなかった。

暑い、寒い、痛い、つらい、おいしい、うれしい、たのしい、

「言葉にしてもしかたない」と思ってしまった。



その鳩のことがあった時

仲良しのミュージシャンの子と待ち合わせていた。

わたしは泣いたあとの顔だったので、説明しなければならず

・・・いや・・・正確には直近の出来事にすぎ、

黙っておくには自分には些細ではないことすぎ、

わたしはそれを消えないうちに話したい、

と確かに思った。

話そう、と勇気を出して覚悟をしたのを憶えている。

出来ごとも、相手も、時間も、全部がタイミングでもあったと思うけど。


「そこに、鳩が車に轢かれて死んでた」

「ああ。さっき私も見たよ」

「鴉が来てね、鳩を食べてた」

「ああ、じゃあ、よかったね、それはいいこと・・・」

話しながらもうわたしたちは横断歩道を歩き始めていた。

これだけの会話しかしなかった。

でもわたしはその時、

一瞬に自分の中で、頭の中で、めくるめいたものがあって

それがわたしには泣くほどは心が動くことで、

鴉によってもたらされたある解決があったこと、

そんな伝えることはきっとめんどうで、すごく難しいであろうことを

「鳩が車に轢かれて死んでいた。鴉が食べていた」

だけで、

「ああ、じゃあよかったね。」

と返してもらったことで

自分の中に生き返る力があるのを感じた。

実際わたしはここに書いたように説明する体力も気力もなかった。

だから鳩が死んでて、鴉が食べてた、とだけ言ったのだ。

それだけ口から発するにもわたしにはすごく勇気が必要だった。

だからちゃんと返事をしてもらえてうれしかった。

伝えたいことを、伝えようとすること。

大切に、

自分の言葉が通じる相手に自分について話すこと。

自分のために。

今思ったら、

話すことが難しくなっていたわたしの

その時がリハビリテーションのようなものの

はじまりだったようにと思う。

なので書いた。

今年の、まだ秋にならない頃のことだったと思う。

頻繁に会わない子なのだが

今、この時にいてくれて、

話をしたのがこの子でよかった、とわたしは思った。

それを自分のために書き残しておきたかった。

その子には今もって特にお礼も言っていない。

こんなことでお礼を言われても困るかもしれないけど。

・・・もしかしたら奇跡的にまた伝わるかもしれないけど。



皆様、こんにちは、ご無沙汰しています。

お元気でしたら、本当にうれしいです。

ご訪問、ありがとうございます。

ほんとうに久しぶりに書いています。



タイトルは、もっと正しくは

『言葉』を発する力を取り戻すまで、

になると思います。

ただ、それではあまり簡潔ではなくて題名としては

わかりにくいものだったのでシェイプしました。

『言葉』というのはわたしにとって

「取り戻す」ものではないからです。

今話している言葉は今生んでいるもので、

在庫の言葉や過去の言葉ではないからです。

言葉自体を取り戻すわけではないからです。

人生みたいですね。

人生はよく言われますね、

「取り戻そうとするものではない」と。

そしてブログを書かなかった間、

わたしがなくしていたものは『言葉』ではなくて

「言葉を発する力」です。

よりシェイプするためにここからカッコ書きも省きますね。

言葉を発する力というのは、

言葉を発するのに必要とする

言いたいことを整理する力、

発する勇気、

発する覚悟、

気力、

表現にかかわる発語、筆記、などの行為、

そういったもの全部をひっくるめての力という意味です。

それを全部失ってしまいました。

ただぼんやりと自分が失ったと思いこんだだけではなくて

現実的に、たとえば必要なメール一通の返信を書いても

疲弊しました。

生きた人間の場合はたとえば相手が家族であっても

うまく伝えることが出来なくなっていました。

全部わかってもらえるなんて思ったことはないけど

ただわかってもらえなさすぎたのです。

どんな他者のせいでもなく、

ただ自分の伝える力の拙さ、無さ、に絶望したのです。


この春に体調を崩して5月に活動休止を

初めて公に発表してもらいました。

自分で投稿したのではないのであとで消してしまったのですが

思っていなかったお見舞いのメールやメッセージを頂戴し

本当に有り難かったのに説明できませんでした。

ただ、歌えなかったのと先がみえなかったのは事実です。

「休んでまた歌えばいいとかダメだよ」

なども言ってもらったのですが、

「歌えない」という状態でした。


言葉の表現だけではなくて、

わたしは顔や身体の表現も絶望的にダメで

体調が悪くてもそれが伝わりません。

お医者さんにも伝わらないのでたぶんほんとに伝わらないんだと思う(笑

思ったら小さい頃からよく仮病を疑われた。

ほんとうにしんどいので「しんどい」と何度か言ってたら

クラスメートに「うるさいな!じゃあ保健室行けばいいじゃん!」

って言われたこともある(保健室行ったらすごい高熱だったけど)

具合が悪くて早退したあと

「あの子ほんとに具合悪かったの?」

って言われたこともある。

話し声が小さいので聞きなおされることが多く

発語に多大な勇気と覚悟を要する自分は

「え?」と、聞きなおされるとそこでいったんくじける。

くじけてるうちに誤解される。

よく授業中、先生に指されて答えても

皆に「聞こえませーん!」てはやされて

胸がいっぱいになって泣いたり、とかね(笑

けっこう根深い。

そういうのたくさん思いだすので、もう本当に

わたしは絶望的に伝える力や表現力がダメなんだと思う(笑)

ですので現状の報告も迷って悩んだのですが、

ほんとうに体調がだめになっていて考えたり書いたりが難しかったのもあり

説明も報告もできないでいました。

その間、文字数制限のあるツイッターで

自分の言葉を書くリハビりテーションをしていたのですが

まあ詳しく体調のことを書かなかったので仕方ないですが

え、元気じゃん、という声が聞こえればちょっと心が折れたりもしてました。

身体弱ってると心も弱くなりますね。命の両輪だなあと思います。

たとえばそこで

『今病院です』

『歩けなくて車いすです』

『食べられないので点滴です』

とか書いていたら

『療養しながらツイッターをしている人』

という姿を想像してもらえたかもしれません。

あるいは『ツイッターしているから大丈夫な人』だったかもしれません。

調子の悪い自分をイメージされるのを望んだかというと

望まなかったので、だからよかったのです。

そのかわり、自分が誰かにたいして

「見た目にわからなくてもこの人はなにかたいへんなことがあるかも。

皆たいへんなのは同じだから」

というのは以前以上に思うようになったので

それはよかったことかもしれません。



10月にステージに復帰できました。

ずっとオファーをいただいていて、保留にしていて、

リハビリを始めた夏に決めて、

決めちゃったからやらないと、

と思ってのぞんだ

不安でいっぱいの舞台でした。

主催のほうには、迷惑かからないようにと

あとはご理解いただけるように

体調の説明はしたのですが

たぶん伝わらないなと思ったので

検査データ一部を写真に撮ってメールで送ったぐらいです(笑


いろいろに新しいことをやってみて

変わった体調でも自分の流儀で結局やったと思う。

何か好きで、何が大事で、どうするべきかも、前よりずっと感じます。

まだ、書くのも喋るのも戻っていないのですが

でも少しずつやってみようと思います。

舞台に戻ってきたのだし、

まず生きてて、日常生活の中で思う、感じることを

おなじ世界に生きてる人に話してみる、

そういう日常会話といわれるものが

わたしはすごく

「表現」

だと思うところがあるから。

それに元来、書くのも喋るのも好きなのですね。


これだけ書いても言葉足らずを感じる。

足りてても全部は伝わらない。

他の誰のこともわかるわけはないと思う。

それは諦めではないです。

わかると思ったりわかろうとしたりしないようにすごく気をつけても

たまにわかりたかったりわかってほしかったりするので

わたしは間違ってしまうことがあってとても怖い。

皆、孤独な旅で

だけどわからない分だけ、皆が宇宙な気がします。

わたしにもわたしの宇宙の内だけで

えいえんに孤独で、自由で、

本当にはわたしにしかわからないものがあります。

だから皆がそうなんだろ思う。

そのうえで、人はどうしても言いたくて、言葉にしたくて

外に、生み放すんじゃないだろうか。

それは言の葉、なんてはかなげにうつくしく

日本語ではさらに呼ばれるけれど

言葉っていうのは、全部が誰かの命のかけらなんじゃないだろうか。

命を生むこと、命を投げかけられることって

すごく重いことなんじゃないか。

この表現でいいのか。あってるか自分。


・・・かろうじて歌のほうが得意です。

なのでまたライヴ会場でお会いできますようにと思います。

皆さまお元気で。

本当にそう思います。

報告が遅れてご心配おかけしてしてごめんなさい。

ひとことでとてもいえないのですが助けてくださった全てに

感謝します。

何かこんなに助けてくれるんだろう、と思うばかりの日々でした。



2016年 大好きな晩秋、昨夜見たものLet's go crazyと、月

Aki


画像は復帰した10月のステージのもの
Photo 垣内美智子


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とりいそぎ
2016-10-27 Thu 10:40
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とりいそぎ4月のライヴ告知です。
2016-04-06 Wed 14:55
とりいそぎ告知だけなのですが(たいへん、遅くなってしまったので!)


新しいとある美勇士_convert_20160406144416


久しぶりの美勇士さんと共演です。

(トライポリズム)、あと華音ちゃんのMs.RedTHEATERと。

華音ちゃんともほんとうに久しぶりにご一緒します。

出演者側からの情報として最初にこう書きましたが

客席にいらっしゃるおひとかたおひとかたとも同じなんですよ。

「また会える」というのはすごいことだと感じてます。

そのおひとかたひとりいなかったらうまれないものがあって

そのおひとかたがいらっしゃることで変わってしまうものがあるんです。

必ずある、としか言えません。




そして今回は全員で名曲のセッションもやりますよ。


・・・前に一緒に歌わせていただいた時は

個人的にちょっと悲しいことがあって、

それを悲しいことにしてしまわないように

きれいなものにしよう、ってなんだかすごく思えて、

歌ったのを覚えています。

そういうものが時間が経って、

今、自分にきれいなものとして帰ってきてくれたのを

感じられています。

歌詞のひとつひとつを思いながら

アン・ルイスさんの「WOMAN」を歌いました。

大きなホールだったのに

客席の方のお顔もすごく覚えているんです・・・


その時の↓


うぃずみゅうじ全身日記用



あの時、ああいうふうに歌おうとして、歌って、よかったなって

思えるところに今わたしはいます。

今、こうやって帰ってきた新しいものを壊さないように

自分を抱くように、抱きしめてゆこうと思います。



どうぞぜひご来場くださいね。

ご一緒に楽しい夜をすごせたらいいなあと思っています。

またひとつずつを作れたらとてもうれしいですしそうしたいです。

今回は告知だけでしたが、またすぐに。

皆さま、どうぞよい春を。

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わたしたちは月の下で。Say‘GOOD BYE’、郷愁と新しい旅立ちの歌
2016-03-10 Thu 16:53
皆さまこんにちは。

今日もご訪問に感謝します。



三月になり、一日一日を過ごして、

いや「過ごして」しまわないように、と毎日思っています。

時間はわたしにとってあいかわらずどんどん遅くなってゆくのに

でもどんどん、走る汽車の窓から飛び去る景色のように

一刻一刻に、心が確かに感じたものも、何かとして結ばれたもの達も、

容赦なく後になってゆきます。その感だけが速い。

いや、後にしてどんどん進んでいっているのはわたしのほうなのかな。

留めようとしていない自分に少しだけ焦り、

同時に全部を言葉にするのは諦め、どんどん、

風に手放していっています。

そしてそれでも残るものを持って歩いてゆくようです。




さて、かのダライラマ様も

「一日の仕事を皆終えてあとは寝るだけという時間が一番幸せ」

とおっしゃった、というのを読んだことがありますが

わたしもその時間がとても、といいますか一番好きで大事にしています。

で、わたしの場合はそこで何をしているかというと、

全ての音を消して、ひとり、本を読んでいます。

眠る前に頭を使うのはあまりよろしくないのかもしれないですが

あとは寝るばかりの状態になって、ゆっくり腰かけて、ほんの30分くらい。

少し胸がざわざわしている日も、頁をめくるうち自然に静まってゆきます。

わたしには小さな頃から読書はほんとうに憩いと充電で栄養補給で

その時の自分に来る本は自分が必要としている場合がとても多いです。

本のほうから呼ぶのですかね。

自分のアンテナのようなものが「必要」を感知して選びとっている

と考えるほうがわたしには合っています。本が呼ぶ、というより厳密。

ここ数日は、猫についてのエッセイがおもしろくて、毎晩笑えるので

いっぺんに読んでしまわないよう少しずつ、大事に読んでいました。

(わたし笑うのにも慎重に難しいんです←日本語やっぱりおかしい)

これまでいろいろリラックスやリフレッシュをはかってみたのですが

結局ここに還ってきて、

自分にも還れる時間、リセット、が読書でできているように感じています。



前置きが長い。



さて・・・書く書くと申していたイベントのレポートを少しずつ

やっと書こうと思います。

膨大な画像と膨大な思いがあるのです。

おそらく全部書けませんし迂闊に書けば残るどころか奪われてしまう。

先ほど書きましたように、どんどん後ろに飛んで去ろうとするものたちを

永遠ではない人である、わたしの脳というあいまいな器官を

探り、その時を思いだし、それにできるだけ厳密な言葉を当て、

お伝えしようとしています。

何だか難儀そうなことに書いていますがそこには希望があります。

ちょっとメモに「○月×日 だれそれと電話。」とだけ書きのこしたものが

その時の「全部」をあとで思い起させてくれることがある。

ちょっと書いておいたものを読み返した時

それが思い出を引きだしてくる取っ手、ある鍵になってくれることが

多いです。意識の海面下から、

「こんなことをわたしの脳は覚えていてくれたんだ。」という小さな場面を

ざざざーとたくさん連れてきます。

こんなものをこんなところに仕舞っていましたか、と驚きます。

だから、忘れてしまう、薄れてしまう、自分のために

足りない言葉でもまず書きます。

そして「自分はこうなんです」というところから出発するのは

自分がものをつくるときの流儀なのですが

こういうとても小さい小さいところも同じように。

そうやって、書いてみます。


2月22日

東京・下北沢

ゴシックベリーダンサーMayuさんの主催される

「Gothic Channel Vol.3」

というイベントに出演して参りました。



ゴシックチャンネル_convert_20160308163627






今回ゲスト出演ということでお呼び頂きました。


Mayuさんという方をここでご紹介する画像を随分迷ったのですが

決められなくて(どれも綺麗なんです)

そもそもGothic Belly Danceというものにわたしは初めて出会いましたし

此方にいらっしゃる皆さんにもそういう方が多いかな、と思ったので

Mayuさんが実際に踊っている動画を選んでみました。













Mayuさんと初めてご一緒したのは

昨年12月に出演したアートイベント「Pays de MIROIRS vol.2」で

これは演劇、ダンス、音楽、パフォーマンス、

盛り沢山の内容で、しかし散らかっていないイベントでした。

散らかっていないというのは、

ひとつコンセプトや世界が貫かれているという意味です。

入口である門はある人にとっては狭いかもしれませんが

中の世界は狭く閉じられていないもの。

門だけが大きく開け放され中身は小さく狭いものとは違っていました。

(pays de MIROIRSについてもまたあらためて書きますね

長くなってしまうし、ここで書くとまずわたしのブログが散らかってしまう!)

そこにてMayuさんの踊りを初めて観ました。



踊るMayuさん



鏡の国のMayuさん_convert_20160309183510








美しかった。

身体にも踊りにも贅肉がないんです。

たぶん踊りに向ける心にも。

贅肉がない、というのは言い訳がない、という意味です。

補足や注釈がないということです。

わたしはいつもその「贅肉」がないダンサーの方に、ダンスというものに、

強い憧れと

「ああかなわない。」

と思う気持ちがあります。

勝ち負けではないのですが、

かなわない、って思うんです。

自分には「贅肉」がとても多い、余計なものが多すぎる、

って思うんです。


Mayuさんが、踊りながらふっ、と笑う瞬間があるのですが

「あ!今笑った」

と思ったとたんそれは幻のように消えてしまう。

確かに今ほほえみを見たのに、それを追ってももう見えない。

今見たのは夢だったのかなと思う。不安に似た思いさえ抱いてしまう。

そして踊りが終わってしまう。心はあの一瞬の謎につかまえられている。

それがとても印象的でした。

まずわかりやすさを敢えて避け無表情に徹する芸事は

とても雄弁で、最も真実の心が、見える時があるものと思います。

わたしはそれを表現と思っています。

そして、鍛えられ、練られ、踊りこまれたものを踊る、ということは

完成された楽譜を忠実に正確に再現することが最も美しい、というのに

似ていると思います。

心がないという意味ではないんです。心があるからこそ心をまず黙らせる。

最初には精進のみがある。心のために鍛錬する。

Mayuさんの踊りにはそういうものがありました。

そしてほんとうに美しいものは人を黙らせてしまうものなので

わたしには今、本当は言葉を見つけるのが難しいです。

わたしは多弁すぎるのだ、と

Mayuさんの踊りをみて、思いだして、あらためて思っています。

ああいうふうに自分もただ、歌だけを歌えたらと思います。




舞台が終わって、Mayuさんが

「ねえ、hideの曲歌える?絶対私のイベントにあうと思う。

それで踊りたい」

と言って下さって(その言い方がまた実に、魅力的で忘れられない。)

今回の共演が実現しました。

本番までいろいろがあったのですが

全部を書くとほんとうに長くなる。

全部書きたいくらいなのですが。

イベントのことと連動してそこに少しずつ、

少しだけを、差し込みながら書きます。


Mayuさんのイベント「Gothic Channel」では

ベリーダンス、

ゲストとのトーク、

そして音楽、

今回はバーレスクのSafiさんという方も出演されて

こちらも盛りだくさんなものでした。

(このチケットすごくお得!と思ってしまいました)

Safiさんがとても素敵でこれも書きたいのですがまた改めて。

(散らかるから。)


ここにはMayuさんの美学が貫かれていました。

当日の会場もとても美しかった。

赤と無数のシャンデリア、暗闇と眩しさのコントラスト。








日常ではまず見ることのない華々しい衣装をつけて

美しいダンサーの皆さんが次々に踊る。

衣装をつける、メイクをする意味と効果をあらためて思わされる。

Safiさんのトークとバーレスクダンス(書きたいが書くと散らかる)

Mayuさんのトークが巧みなのに自然で

(そうだ、Mayuさんのダンスは巧みなのにとにかく人間が自然なのです)

思う事も頂く事も

たくさんあったのですが

書ききれないし、書けない(散らかるから)

とても心地よかったこととしてひとつ、

開演前、公演中、終演後、

出演者のどなたもつねに静かだったことが

思いだされます。

イベントだと、気があがってしまっているというか、

ハイになってしまうというか、

高揚感はわかるのですが

しなくていい雑談を大声でしてしまったり、

本当は要らない挨拶のようなもので

心や空間を濁してしまうのをよく見かけます。

そういうものが一切、なかった。

いやだと思うことがひとつもなかった。

Mayuさんはじめイベントに関わられる全員が

「美しいものをつくる、そこを守る」

ということにあくまで静かに徹していた。

だからほんとうに空間から美しかった。

それはめったに出会えない類の静寂で

わたしにはほんとうに心地よかった。

それぞれのダンサーの皆さんの踊りや、

そこで交わされていた場面にも書きたいものがたくさんあります。

ですがやっぱり・・・見たようには書けないので

頂いたたくさんの画像を。

公演中は撮影や録音ができなかったので終演後のものですが。




ゴシックチャンネル3_convert_20160308163258





ゴシックチャンネル7_convert_20160308163710



Takakoさんと_convert_20160308163745


Safiさんから2_convert_20160308163900


しんたさんと_convert_20160308163835


Izumiさんより2_convert_20160310152505




Mayuさんが歌ってほしい、と言われたのは

hideさんの「GOOD BYE」でした。

たぶん、Mayuさんに言われなかったら

わたしはこの曲を歌うことはなかったし

ああいう歌なんだとわかって、

あの気持ちで歌うことも出来なかったと思います。

そしてMayuさんとわたしを結んでしまうhideさんという方がすごいなって

これは最初に思ったところ。


踊るMayuさん。





Mayuさん_convert_20160310152522




・・・実は、本番前にMayuさんが大雪の中

リハーサルに出向いてくださったのでしたが

まずリハーサルスタジオで歌い出し、

Mayuさんがちょっと、踊り始めただけのところなのに、

それを観てわたしは胸がいっぱいになってすぐ歌えなくなってしまい

「これは観たら歌えない。」

と思ったので、一度も観ることができませんでした。

Mayuさんには「見てよ~」って言われたのですが

ダメでした。

自分の歌で、ああいうふうに踊られるということは

今の時点のわたしにはそうなってしまうどうしようもないことで

歌に集中しよう、と思いました。

いや、いつまでたってもそうかもしれないですが。

目をあわせてどうとか、無理でした。

自分がゆさぶられるばかりで、

本当は目をあわせて作り上げる歓喜もあるのかなあ…

美空ひばりさんはなんであんなに泣きながら乱れず歌えるのだ!



もう一曲、Mayuさんから

何かアップテンポなものを、ということでお任せ頂いて

Mayuさんが踊りを始めるきっかけになったというレベッカの曲から

「MOON」を選びました。

これは、どれがいいかなと思って、すぐ

今の自分の思いに不思議に近かったのですぐ決まりました。

わたしは今、こんなに大きくなってしまったけど、

小さなわたしは今もこの身の中にいて、

この街が、たくさんの大人の人たちが、

大きくなれよ、育てよ、ってどんどん自分を燃やしながら祈り守ってくれて

ここに生きているんだな、

月はその時からずっと同じ月で、今も、

って、

そういうことを思いながら空をみていた時期でした。

故郷への思いが胸に募っていました。

Mayuさんがこの曲で踊ってくださることが決まってから、

夜、月の空に、もくもくと煙を吐く建物を何度も見た。

それから、Mayuさんとはじめてリハーサルをした夜、

明るい月夜なのに雪が落ちてきて、その中を傘をささずに帰った。

Mayuさんもわたしと同じように少女だった頃があって、

それを同じ月の下で一緒に歌ってみたい、

同じく小さな子供だったお客様にも、

この同じ月の下に今大きくなって生きてて在るんだって感じてもらえたら

という夢をみました。

壊そうと思ったら簡単に壊れてしまうもの

諦めてしまえばそこで終わるもの

そうだから壊さないように、諦めないように、

大切に生きて、

というわたしの今の思いが「MOON」の歌詞に重なっていました。



本番

「昔、ママがまだ若くて、小さなあたしを抱いてた…」

と歌いだした時、

Mayuさんがスッ、とフロアの中央にうずくまるように位置をとったら

もうそこには月の下に佇む「MOON」と同じ少女がいた。

わたしはカウントをとり忘れて、

しかも足首につけた鈴も予定通りにうまく鳴らせなくて、

Mayuさんはとても踊りにくかったと思います。

ほんとに足りない、精進しなければ、壊れてしまう。

すごく反省しました。もっとやりたかった。

でも終わったあとSafiさんがすごくニュートラルに

「MOONがすごくよかったー」

と言って下さってそれはとてもうれしかったです。

ですから余計もっとちゃんとやりたかったです。

わたしは歌だけ一所懸命に歌おうと思い

Mayuさんが踊って、それがひとつの世界になればいいと

思っていました。

一度だけ、どこかでMayuさんと目があったのですが

Mayuさんの顔はほほえんでいた。

一度だけ。

「GOOD BYE」が最後の曲だったのですが

Mayuさんがこういう機会をくださって初めて歌って見た時に

これはさようならではなくて、旅立ちの歌だったんだ

と感じました。

一緒にやっている時やっぱりMayuさんとわたし、

ひとりとひとりだったのですが

同じ、強い風が吹く果てしない砂の上にいたような

ごうごうと鳴るような時間にいたのを覚えています。

観る方の目に何かひとつのものが見えていたらいいです。

わたしはまた旅発ちたい。皆で、新しく旅立てたらいい。

そう思っていました。

そう思う心のために、心を忘れて、

ただ歌うことだけを今しようとして歌っていました。



会場の固定のカメラで撮られたもので、映像も音も粗いものなのですが

この「GOOD BYE」だけ、ここでお届けします。









わたしには2016年の最初のライヴがこれでした。

いい始まりを頂きました。

よい春に。

楽しい年に。

したく思います。

皆さまにもよい春でありますように。

さあ、

旅発とう

2016年3月10日に、髑髏海月








此方はMayuさんの「Gothic channel」のブログです。

わたしのこのブログと同じく、画面に月が在って、ちょっとうれしかったです。

そしてMayuさんのピアノは、この時期どんな音楽よりも落ち着きました。
「これを弾きたいんだよね。」と言ってからMayuさんが練習をすごくされたことが
まがりなりにも自分も音楽をやるのですぐわかった。とても気持ちよかった。
こういうふうに丁寧に生み放してもらえる音は幸せだと思う。
今回音楽でもかなわなかった、その心に。わたしもがんばろう
MayuさんBlog



終わりはMayuさんとの2ショットで。感謝デス、アディオス☆






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